featuring Iris Chateaubriand

 最近、アイリスはとみにご機嫌だ。春の彼女の誕生日にフランスの両親が山ほ
どプレゼントを贈ってよこしたのだが、中でも、特別誂えのカメオで、アイリス
そっくりの肖像が浮き彫りになっているのが、気に入ったらしい。
「おにいちゃーん!似合うー?」
 新しいドレスの胸元にブローチを付けたアイリスは、勇んで大神の元に飛んで
きた。
「うん。良く似合ってるよ、アイリス」
「へへー、そうでしょ。おにいちゃんも、アイリスの魅力をさいはっけんしちゃっ
たでしょ?」
「はは・・・、そうだね」
 浮かれまくったアイリスは夕食の時までそのカメオを付けていて、やれがきん
ちょには十年早いの、やれ落としても知らないだの、花組の面々の突っ込みにも
まるで動じなかった。
「だって、アイリスもう11さいだもーん。大人だもーん。おこらないもーん」
だそうである。
「それだけじゃないんですよ」
 これはマリアが大神にそっと教えてくれたことだ。
「アイリス、この間、あやめさんの部屋を整理する時、姿見を貰ったでしょう。
すみれが『大人の女は鏡を覗くことで、奇麗になる』なんて言ってしまったもの
で、その気になっているんです」
「いいじゃないか。アイリスだって女の子なんだから、さ」
「ふふっ、そうですね。でも隊長、それ、皆に言って廻ってるんですね?」
「え?」
「『君だって女の子なんだから』」
「あ・・・、いや、その、別に誰でもって訳じゃあ・・・」
「はいはい、そういうことにしておきましょうか」

 夏の特別公演は児童の夏休み期間なこともあって、わかりやすく「冒険活劇
ミュージカル」をかけることになった。
 題名は「海と空のあいだ」。女海賊が、王女を助けて八面六臂の活躍を見せる
というもので、第一幕には帆船のセット、第二幕には王宮のセットと舞台装置も
豪華ならば、衣装も海賊姿と貴族のドレスの早変わりなどスピード感に溢れてい
る。
 子供にも受けのいいものを、ということで、演出を担当する事になった長谷一
也の提案で、アイリスの出番が大幅に増やされた。
「そうでしょー。やっぱりアイリスが主役だよねっ」
 毎日、長谷とともに、劇場に日参している脚本家の野際龍平がアイリスのイメ
ージに合わせて加筆を行った。『いたずら天使』という独唱の曲まで与えられて、
「これでもう、アイリス、一人前のじょゆうよっ」
 と、大満足で稽古をこなしている。

 第二幕の一場。
 アウターリア王宮に、さらわれたはずのオルミア王女が帰ってくる。
 付き従っている女官に扮するは、彼女を救い出した女海賊アルフレイナ一行。
 アイリスもその中の一人だ。
 役名はアヤラ。マリア演じるアルフレイナの妹分である。
 このアヤラが、王宮で騒動の種を蒔き散らすのだ。
「まず、謁見の間に、たらいを仕掛けてオルミア王女の頭上にがつーんと落とし
ます」
「わーいわーい! たらいだ、たらいだっ!」
「次に、いつのまにやら城門をねずみ取りにしちゃって、誰彼かまわずばっちん
と挟みます」
「わーいわーい! ねずみ取りだ、ねずみ取りだっ!」
「それから、宰相のお茶にしびれ薬を混ぜて、シビレさせちゃいます」
「わーいわーい! しびれ薬だ、しびれ薬だっ!」
「あと、王宮の天井を、吊り天井に改造して、忍び込んできた暗殺者をぶちっと」
「わーいわーい! 吊り天井だ、吊り天井だっ!」
 アイリス以外の出演者に一抹の不安がよぎったのは、言うまでもない。

 舞台稽古が始まってまもなく、米田の発案で、演出、脚本両名を迎えての夕食
会兼宴会が開かれることになった。 
 古くからの友人同士だという、米田と長谷がそうそうに酔いつぶれて宿直室に
運ばれると、もう歯止めがなかった。
「あら、ちょっと、野際さん。いい飲みっぷりじゃありませんこと?」
「そうですか? すみれさんもお一つどーぞ」
「あ、駄目です。すみれさんにお酒は・・・」
「ありゃ、ひゃくらひゃん、らり、いっれるんれすのー、をーっほほほほ」
「あ、イっちゃった」
「やあ、なんだか、僕も酔っちゃったみたいですよ、アイリスちゃんが、宙に浮
かんで見えます」
「ぎくっっ! そ、それは」
「アイリス! おやめなさい!」
「まあまあマリア。カタイこといわずにあんたも飲みなって」
「・・・薄いわ、これ」
「つばきーっ!あんた、16でしょう? 飲むなよお」
「由里ってば、人のお酒取り上げて飲まないのッ」
「うっうっ、皆、怖いよう・・・」
「ああっ、アイリス。ウチの老酒飲んだなあ!?」
「まずーいまずーいまずーい。紅蘭へーん」
「どれどれ? あら、結構いけるじゃないの」
「お! さくらはん、味がわかってますな。こっちはどや?」
「ふむふむ」
「桐島カンナ、四斗樽イッキ行きまーす!」
「それはだめだそれは」
「をーーーっほっほっほっほっほっほっほっほっほっほっほっほっほっほっほ」
「これも味がないわよ、紅蘭?」
「げっ、マリアはん、そっちのボトルもう空けたん?」
「やあ、大神さん。僕やっぱり、酔ってますよ。ジャンポールがお酌をしてくれ
るように見えるんです」
「・・・もう好きにして」

 どんな宴でも、やがて終わる時が来る。だが、今回、大神にとってそれは悪夢
の始まりにすぎなかった。いつのまにか、腕にしがみついていた少女が、
「アイリス、おにいちゃんのお部屋に泊まるーーーーっ!」
大声で宣言するからたまらない。
「な、なに言うんだ、アイリス!」
 大神は慌ててたしなめようとするが、ここ数日、思い通りにならぬものがなく、
かなりわがままになっているアイリスはその場で飛び跳ねて喚いた。
「いやっ!おにいちゃんとこで寝るのーーー!」
 大神は援軍を求めて、周囲を見回すが、思いがけず三方から囲まれていること
に気付いた。
「大神さん・・・、まさかアイリスと一緒に寝るんじゃないでしょうね?」
「さ、さくらくん、眼が座っているぞっ」
「大神はん。悪いお人やなあ。なんで小さい子供は相手に出来てウチらをのけ者
にすんねん?」
「こ、紅蘭。わかった、わかったから、アヤシイ機械は取り出さないでくれっっ」
「おにいちゃん、じゃあ、いいんだよね?」
 三人とも酔っ払っている。
 ついに壁際に追い詰められた大神は、からくり人形のように首をふるばかりで
あった。
「じゃあ、行きましょう!」
 両腕をさくらと紅蘭にがしっと掴まれて、部屋に連行されていく大神。
 一縷の望みを託してサロンを振り返るが、そこではすみれが野際の頭を鼓がわ
りにして、都々逸を披露している所であった。

「はあー、あたし大神さんの部屋でふたりっきりになったの初めてー」
 さくらが眼を輝かせて陶酔する。
「───もしもし、さくらはん? ウチらを忘れとりゃせんか?」
「・・・、これからよ。こ・れ・か・ら」
 霊剣荒鷹を取り出すさくら。
「ほほーう。おもろい。やる気でんな、さくらはーん?」
 50センチ大の、けったいな人型の機械を取り出す紅蘭。
「これは先刻、出来上がったばかりの『いかりくん』や。その名の通り、怒った
ら手えつけられんほど、暴走する。ふっふっふ、効果のほどは、さくらはん、身
を持って体験してみんか?」
「さくらと紅蘭。アイリスのこと、忘れてなーいー?」
 にやり、としか表現しようのない笑みを浮かべて、小さな身体がゆらりと立ち
上がる。
「アイリスねー、さいきん、おもしろいバリアがはれるようになったんだ」
 アイリスを包む空気が青く縞模様を描いた。
「『あいりす・つよいんだよ・ふぃーるど』りゃくして『あいーてぃーふぃーる
ど』だよーん!」
「こうなったら、誰が大神さんの」
「部屋泊まるんか」
「しょうぶっ!」
「ちょっと待て! 俺の部屋でバトルロイヤルはやめてくれっーーーーーーー!」
「問答無用! 破邪剣正・桜花放神ー!」
 さくらがいきなり上段から斬りかかった。鋭い弧を描いて、『いかりくん』の
脇をかすめる。それに反応してか、びくりと震えた『いかりくん』は、小型のナ
イフを出して飛び上がった。
「アイリス、強いんだよーん!」
『あいーてぃーふぃーるど』にぶつかって、転げる『いかりくん』。
「きゃはっ、おもしろーい!」
 けたけた笑いながら、『いかりくん』を追いかけるアイリスの前に、さくらが
立ちはだかった。
「子供はもう、寝る時間よ!」
 ここで寝るために戦っているのではないのか?と大神は思ったが、さくらの剣
幕にあえて異議は挟まない。酔っているせいか、まったくの手加減なしで、さく
らは荒鷹を突き出した。
「ええいっ!」
 荒鷹の切っ先が、アイリスのバリアに阻まれる。さくらは、ぎりぎりと力を込
めるが、アイリスにはまったく近づかない。と、荒鷹が白く輝いて、バリアを切
り裂き始めた。
「荒鷹が、『あいーてぃーふぃーるど』を侵食しとるんや!」
 大神の横で、紅蘭が解説をしてくれる。
「どうでもいいけど、危ないぞ! やめるんだ、さくらくん」
「・・・大神さん、アイリスの味方なんですか!?」
「そういう問題じゃないだろ!?」
 突然矛先が大神に向いた。
「弁解はいいです!!」
 さくらは、大神と紅蘭に向かって無茶苦茶に荒鷹を振り回した。
「大神さんのばかーーーー!」
「うわあっっっっ!」
 さっと左右によける大神と紅蘭。突進してきたさくらは、勢いあまってどげ
しゃっ、と壁にぶつかって伸びた。
「だ、大丈夫か、さくらくん?」
「・・・おおがみひゃんの、ばかあ・・・」
 さくらは、大神のベットの上に倒れ込んだ。
「わーいわーい! アイリスのかちだねっ」
「ちょい待ちい! ウチの『いかりくん』を忘れとるでえ」
 紅蘭のメガネがきらりと光る。
「いけぃ、『いかりくん』!」
「アイリス、負っけなっいもーん。『あいーてぃーふぃーるど』全開!」
 みょみょみょみょ、とアイリスのパワーが上がってゆく。押せども突けども、
アイリスのバリアは一向に破れる気配はなかった。
 これは旗色が悪いとみたか、『いかりくん』は獲物を変えた。マシンガンを取
り出し、アイリスに向かって発砲を繰り返す。
「あんたバカぁ!? アイリスにそんな技がつーよーすると思ってんのう?」
 条件反射的に謝る『いかりくん』。
「だいたいねー、紅蘭のはつめいなのに、ばくはつしないなんておかしいよー」
 戸惑いの色を隠せない『いかりくん』。
「ホントに紅蘭のはつめいなのー?」
 本当の僕は何なんだ、と悩む『いかりくん』。
「あかん! 『いかりくん』は性格は内向的すぎるんが、玉に傷なんや! 『い
かりくん』! 自分から逃げたらあかんで!」
「機械なのに、性格が、内向的・・・?」
 まったく理解できず頭を抱える大神。その眼の前で、『いかりくん』は爆発し
た。傍にいた紅蘭もろともに。
「に、逃げたらあかん、いうたのに・・・」
 爆発の余波でボロボロになった紅蘭も、さくらに重なるようにその場に倒れる。
「お、おい、紅蘭」
 一方、部屋の真ん中で勝利のポーズを決めていたはずのアイリスも、ふらふら
になっていた。
「ア、アイリス、ちからをつかいすぎたよ・・・、ふにゃあ〜〜〜」
 勝者アイリスはこてんと倒れた。さくらと紅蘭の隣に、仲良く。
「お、おい、君達・・・」
 戦い疲れた三人の少女は、怒鳴っても叫んでも起きる気配はなかった。本末転
倒ではあるが、「大神の部屋に泊まる」という第一目標だけは果たしたことにな
る。
 ベットを三人に占領された大神は、廊下に出て頭をかいた。
「やれやれ、困ったな。・・・俺はどこで寝ればいいんだ?」

 一週間がすぎ、大神の部屋もようやく元の形を取り戻したころ、大神はバルコ
ニーへ出て、「空と海のあいだ」の垂れ幕を下げる作業をしていた。新しく帝劇
で働くことになった柿本という少年と一緒である。18歳で、田舎から帝都に上
京したばかりの彼は、親鳥の後を付いて歩くヒヨコのように、大神のうしろにつ
いて働いている状態だ。
「大神先輩っ、こっちの紐はどうするんですか?」
「ああ、それはね・・・」
 はたから見ると気持ち悪いほど、大神は上機嫌だ。今まで一人で担ってきた、
帝劇の雑務を、分かち合える仲間が出来たのが、よほど嬉しいらしい。己の不幸
を他人にも分け与える。復讐の快感というものである。
 そこへ、
「ふぇええーーーん! おにいちゃあん!!」
 アイリスが泣きながら、大神の胸に飛び込んできた。
「ど、どうした、アイリス。ん?」
 大神は、涙で顔中ぐしょぐしょのアイリスを拭いてやりながら、原因に思い当
たった。
「アイリス・・・。カメオをどうしたんだい?」
「ひっく、・・・わかんない。落としちゃったのう〜〜」
 アイリスはわっと大神に抱きついた。
「ア、アイリス。落ち着いて、ね。一緒に探そう」
「おにいちゃん・・・」
 アイリスの顔がくしゃっと歪んだ。
(や、やばいッ!)
 大神が止める間もなく、アイリスの身体が白く発光し、次の瞬間バルコニーの
柵の部分が、跡形もなく吹き飛んでいた。
「やった・・・」
 胸の中で泣きじゃくるアイリスを見下ろしながら、大神は途方にくれた。傍ら
では、腰を抜かしたらしい柿本が、お国訛りでつぶやいた。
「・・・帝都って、いぱだでねえことが起こるどこだな・・・」

「俺はよ、あんまりこういうことには、やかましく口出さねえように、しといた
んだがよ。取り合えず、大切な飾りもんはしまっとけ。見たとこ、誰もかれも、
指輪だの耳飾りだの色気づきやがって。いいか、なくして大騒ぎするのは、金輪
際なしってことで頼むぜ!」
 サロンに集められた帝劇の面々を前に、米田が雷を落とす。
「申し訳ありません・・・」
 代表して、大神が頭を下げる。ブローチ一つで、バルコニーを木っ端微塵にし
たのだ。説教ですんでありがたいと思わねばなるまい。
 新人の姿はここにはない。バルコニーが吹っ飛んだのは、舞台装置の実験だ、
ということにして部屋に追い払ってある。まだ、アイリスの能力を話す段階では
ないからだ。
 皆は粛々とうなだれていたが、米田が去った後、そうっと顔を見合わせた。
「・・・酷ですよね」
 かすみが、ほうっと息をついた。
 昨年来、災害続きの帝都では、女性が宝飾類を売り払って、生活費の足しにし
ている。それでも、身を飾りたい女心からか、手ごろな値段のアクセサリーが、
近ごろ多く出回っている。
 一応、「女の子」である、花組の隊員の間でも大流行りなのである。
 見たところ、さくらやマリアは指輪をしているし、すみれは日変わりでさまざ
まな宝石を身につけている。飾り気のないのはカンナくらいのものだ。
「うーん・・・」
 大神は頭をかいた。
「米田支配人のいうことも判るんだけど、俺からは強制出来ないよなあ」
「まったく。いいじゃねえか、はずしちまえば。んな物あったって修行の邪魔に
なるだけだぜ?」
「淑女であるわたくしを、貴女のような首輪と鼻輪にしか縁のない野性児と一緒
にしない下さる?」
「何だとっ、まるでアタイがそこらの農家で飼われてる家畜みたいじゃねえかよ!」
「あら、何をおっしゃいますの? 近ごろの家畜の方がよほど、身だしなみに気
をつけていましてよっ」
 怒る気力もなくしたか、誰も止めようとしない。
「なくさなければ、いいんじゃないのー?」
 楽天的な意見を述べるのは由里。
「何いってるの? 貴女のイヤリングが一番危ないわよ」
 かすみがたしなめる。由里はぷっと頬をふくらませて、爆弾発言をした。
「嫌ーよお。せーっかく、大神さんに買ってもらったのにぃ」


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