もぎり・えれじぃ

featuring ichiro ohgami

「おう、大神。皆をあやめくんの部屋に集めてくれんか?」
 ある昼下がり、支配人室に呼ばれた大神は、そこで意外な言葉を聞いた。
「あやめさんの・・・、ですか?」
 春に、帝撃から姿を消した藤枝あやめの部屋は、劇場再建後も、米田の意向で
そのまま保存されていたのである。扉には鍵がかけられ、掃除の際以外は、立ち
入り禁止になっていた。
「実はよ・・・、新人が一人、やって来ることになった」
「・・・霊力のあるものが新たに見つかったのですか?」
「わからん」
「わからんって、長官」
 大神の呼びかけは、二、三ヶ月使っていなかった「長官」という呼称に変わっ
ていた。
「確かに数値的には高い値を示してんだそうだ。ただ夢組の<<セカンドサイト>>
が言うには、そいつ自身の力じゃなく、何かが憑いてるってんだ」
「<<セカンドサイト>>・・・。眼には見えない、もう一つの世界を霊視する能力
ですね。憑いている、とは穏やかじゃないですね」
「何だ、知ってんのか。そうか、おめえも他の組の書類には眼ぇ通してたんだっ
たな。わりいわりい」
「・・・長官」
「───それでだな、そいつをまず『大帝国劇場』に就職させる。近場に置いて
徐々に力を見定めていこうっちゅう訳よ」
「それで、あやめさんの部屋を・・・?」
「空いているのはあそこしかねえからよ」
 米田がそっぽを向いた。米田自身も気乗りのしないことなのだろう。その心中
をおもんぱかって、大神は何もいわずにすませた。
「判りました、皆を集めます───でも、八月の特別公演を控えて、女優が一人
増えると、なかなか大変そうですね」
「ああん? 大神、何いってんだ?」
「は? だって新人が一人・・・」
 米田が思いきり馬鹿にした表情を作った。
「誰が女だと言った? 野郎だよ、や・ろ・う」

 大神に呼ばれてあやめの部屋の前に集合した花組の面々は、男性の新人がやっ
て来ると聞いて絶句した。
「ま、まさか、舞台に立つ訳じゃねえよな、隊長?」
 カンナの質問に、大神は乾いた笑いを返した。
「それ、先刻俺が訊いて、思いきり支配人に馬鹿にされてきたよ・・・」
「ちぇっ、なーんだ。隊長と同じレベルかよ」
「───何か言ったか、カンナ?」
「い、いや、何にも! と、ところで、さくらは?」
 カンナが慌てて話をそらした。この場にさくらだけが顔を見せていない。
「さくらさんなら、先ほど田舎のお友達がいらしたとかで、サロンにいらっしゃ
いますわよ。呼んで参りましょうか、少尉?」
「いや、それならいいよ。せっかく仙台から見えてるんだろう?邪魔しちゃ悪い
よ」
 大神の隣で、アイリスがぷくっとむくれた。
「いいなー、さくら。お友達が遊びにきて・・・。アイリスなんか、おうちまで、
お船で四十日もかかるんだよ・・・」
「そ、それは・・・」
 大神が言葉に詰まる。
「どこに、おうちがあるかは決められないんだからね・・・。でもアイリスには
ちゃんとご両親がいて、誕生日のプレゼントを贈ってくれるだろう?」
「そやそや。アイリス、欲かいたらあかんで」
 紅蘭も取りなす。家族に恵まれていない花組の面々が、アイリスの胸につけら
れたプレゼントのカメオをひそかに羨んでいるのは大神も知っていた。
 アイリスも、元気を取り戻して頷いた。
「おうっ、待たせたな」
 鍵を持った米田が階段から現われた。
「遅いですよ、支配人」
 大神が文句を言うと、米田はそそくさと扉を開けた。
「集まってもらったのは他でもない───ここにある、あやめくんの持ち物を皆
で分担して、取っておいて欲しいんだ」
 大神は胸をつかれる思いがした。
(それは、形見分け・・・ということですか?)
 誰もが、そう思ったに違いない。一瞬ひやりとした空気が流れた。
「ここで、いつまでも埃をかぶっていてもしょうがねえだろう。お前達が大切に
使っといて、あとであやめくんに返せばいいんだ」
「でも・・・」
 皆は難色を示した。大神にも若干の抵抗がある。あやめの居場所がなくなると
いうことは、すなわち彼女の死を受け入れる、ということだからだ。だが意外な
ところから賛同が挙がった。
「・・・そうですね。米田長官のおっしゃるとおりにしましょう、みんな」
「マリア!?」
 カンナが親友の顔を覗き込んだ。
「いつまでも形ばかり残していても、あやめさんは喜ばないでしょう」
「マリア、そいつは・・・」
 カンナがむっとして逆らおうとしたが、途中で口をつぐんだ。
「・・・とにかくよ。この部屋は新入りに明け渡すんだ。さっさと片付けて、掃
除しちまってくれ」
 米田は言い切ると、文机の上から写真立てを取り上げた。
「俺は、これを貰うからよ。後は適当に分けてくんな」
 足早に、振り返らずに出ていく。
 しばしの間、花組の面々はあやめの部屋を見回していた。
 大神もあやめがいなくなってから、初めて入ったこの部屋の空気に、まだ馴染
めずにいた。
 戦闘が終わる度に、不安を抱えて訪れたのが、昨日の事のようだ。あやめの褒
め言葉、あやめの叱責、あやめの激励・・・、花組の隊長として、全てが手探り
の状態だった大神にとって、あやめは最大の指針だった。
(あの頃はまだ、ここに来れば何とかなると思っていたんだな───)
 それが只の甘えであったと、今なら判る。恥ずかしさに顔から火の出る思いだ。
 大神は、懐かしげに、そして寂しげに部屋のあちこちを覗いている花組の表情
を見て、我に帰った。
(大神くん。隊長のもう一つの役目はね、隊員達を不安にさせないことよ)
(あなたは、もう一人前よ・・・。もうすぐ、私なんか必要じゃなくなる日が来
るわ)
(この花組は隊員のみんなと、そして大神くん、あなたが支えるの!・・・しっ
かりしなさい、大神くん)
 あやめは、もう戻っては来ない。
 あやめの役目を引き継ぐのは、自分しかいないのだ。
 大神は皆の気を引くように、大きな声を出した。
「俺、この本をもらっても構わないかな?」
 
 数日後、大神は新人を迎えに上野公園までいくことになった。一年前とはちょ
うど、逆の立場に立った訳である。出掛けに大神は米田に問うた。
「ところで、どうしていつも上野公園なんですか? 何か重要な符牒でも?」
「んにゃ。俺の趣味ってやつよ」
 訊かなきゃ良かった、と大神は思った。
 新人は青森から夜汽車に乗って、上野駅に着くという。土地勘がないだろうか
ら、待たせるようなことがあってはならない。
 ロビーを通りかかった所で、売店で立ち話をしている椿とマリアに会った。
「隊長。おでかけですか?」
「ああ。例の新人さんをね、迎えにいくんだ」
「それはご苦労様です。帝劇中、その噂で持ち切りなんですよ」
「へえ・・・」
 椿も頷いた。
「一番喜んでるのは、由里さんなんですけど。今からチェック項目を一覧表にま
とめているみたい」
「・・・」
「アイリスちゃんも『かっこよかったら、アイリスの2番目の恋人にするんだっ、
キャハッ!』って言ってました」
「・・・皆、おおはしゃぎね」
 マリアが苦笑している。
「あと紅蘭さんが、部屋で何やら・・・」
「まだ、あるのかい? やれやれ───皆が期待で待ち切れなくなる前に、迎え
に行ったほうが良さそうだ」
 大神は、軽く頭を揺さぶって外へ出た。

 七月の桜は、深い緑におおわれ、息詰まるほどだった。
 帝撃に配属になって、勇躍してこの場にやってきたのが一年前。それから、い
ろいろな事がありすぎた。
(けど、確かなことが一つ。今日やってくる新人は、もう黒之巣会や降魔どもと
戦わなくていいんだ)
 上野の山から見下ろす帝都は、三月の惨事からは、ほとんど脱したように見え
る。だが、それは上野が有数の、金の落ちる歓楽街、だからにすぎない。今も、
家や家族を失い、半流民化した人々が、帝都をさまよっている。
 まだまだ、復興には時間がかかるだろう。
(今度の夏休み公演は、子供達には無料だって言ってたな)
 政府からの復興援助資金が大帝国劇場にも下りることになったからだが、それ
でも「無料」というのは大変な英断だ。
 大神は一度、自問自答したことがある。
 帝都に平和は戻った。
 ならば、もう「帝国華撃団」は無用ではないのか。
 だが、大神はその答えを誰に訊かずとも知っていた。
 帝都の平和を守ることが、帝撃・花組の使命ならば、帝都の民の心の平和を守
ることもまた、自分達の任務ではないか。
 花組の皆は、戦場の後始末から災害救助までハードなスケジュールをこなして
きた。その合間をぬって、帝都民の慰問公演も行ってきたのだ。
 家を焼け出され、仕事も失い、笑顔を忘れていた人々が、花組の公演に涙を流
す様を、大神は何度も見てきた。
 戦いと舞台、まったく正反対でも、これも帝撃の使命にほかならなかった。
「そろそろ、考えなきゃな───」
 一陣の風が吹き、大神はつぶやいた。
 職業に貴賤はない。モギリだって立派な仕事だが、もし出来ることなら───。
「───あの、大帝国劇場の方ですか?」
 物思いの耽る大神の背中に、ぽつんと声がかかった。
「は、はい?」
「あの、今度お世話になる、柿本ですが・・・」
 そこには、だぶだぶの着物に、真新しいズック靴を履いた少年が立っていた。

「柿本譲といいます。今年、弘前の尋常中学校を卒業しました」
 柿本少年はまず、銀座の街並に驚き、次いで大帝国劇場の外観に驚き、最後に
売店の椿の威勢の良さに驚き、支配人室に通される頃にはすっかりかちかちに凝
り固まっていた。大神は助け船を出すつもりで、大神は話をあわせた。
「というと、作家の佐藤紅緑の後輩になるんだね」
「はい! そうです!」
「もしかして、文学とか学んでいたりするんだ?」
「いえ、そんな才能はありません!」
「歳は18?」
「はい!」
 姿勢をまっすぐにしたまま、怒鳴り声に近い大声で返事をする。米田があきれ
た顔で大神を見やった。
「・・・おいおいおい、ずいぶんとまた、堅そうなヤツが来たもんだな」
 自身も、初対面の折には堅い堅いと言われた大神はなんとも返事のしようがな
い。また柿本というのが、色白で、若いせいか顔もつるつると丸いし、少しちら
ばったそばかすもアクセントになって、どちらかといえば「可愛い」部類の顔だ
ちである。それが部屋の真ん中で緊張しまくっている図というのは、どうにも自
分達がいじめているように思えてならない。
「あのね、柿本君。そんなに緊張しないでいいから。ここには、君と同年代の子
達が大勢いるんだから」
「は、はあ・・・」
「ま、なんだな。せっかく上京したんだ。しばらくは帝都見物でもして、ゆっく
り慣れとくんだな、はっはっはー」
 米田が冷や酒をぐいとあおる。柿本は緊張のあまり、支配人の様子など目にも
入ってないようだ。
「大神ぃ、花組の連中に紹介してやれや。あと、部屋の案内も頼まあ」
「わかりました」
 これ以上置いておくと、堅物の嫌いな米田が怒り出すかもしれない。少年は部
屋を辞す際になって、はじめて自分から口をきいた。
「で、あのー、僕はここで何の仕事をするんでしょう・・・」
 これには大神も首をひねった。そんな二人を見て、米田がにやりと笑う。
「知りてえかい?」
 言わずもがなのことを言う。一升瓶を抱えた酔っ払いは斜にかまえた。
「───モギリだよう」

「ええ!? じゃ、あの新人さん、大神さんの代わりにモギリやるんですか?」
 サロンで、柿本と花組を引き合わせた後、大神達はいつものお茶の時間とあい
なった。ただし、紅蘭と柿本は訳あってこの場にはいない。
「───それで、隊長、機嫌よかったんだな?」
 カンナが大神の肩をどやしつける。
「そ、そんなに嬉しそうに見えたかい?」
「見えたー。おにいちゃん、よっぽどモギリがつらかったんだね」
 隣に陣取ったアイリスが、大神の頭を「いい子いい子」する。
「良かったじゃありませんの。少尉もやっといぢめかえす相手がお出来になった
のね」
「おにいちゃんはいじめたりしないもーん」
「はははっ、隊長に限ってまさかなー」
「あらあ? カンナさん。わかりませんよう? 大神さんは、一年間耐えに耐え
て来ましたからね、ここら辺で人が変わっちゃったりして」
 さくらとアイリスは顔を見合わせてくすくす笑っている。ここで、一人考えこ
んでいたマリアが口を挟んだ。
「では、隊長は今後、何の仕事をなさるんです?」
「───え?」
「・・・モギリでなくなったら、どうするのか、とお聞きしてるんです」
「・・・」
「はははっ、まさか、お払い箱って訳じゃあ、な、いよ、な・・・」
 カンナの冗談が、次第に小さくなってゆく。アイリスが、大神の首にかじりつ
いた。
「おにいちゃん、おしごと、ないよお!?」
「おいおい、隊長。隊長の価値ってモギリだけかあ?」
「ま、まだ、伝票整理とか、チケット販売とか、仕事はありますよねっ、大神さ
ん!?」
「でも伝票だったら由里さんがいらっしゃいますし、チケットはかすみさんが」
「すみれさん、不吉なこと言わないで下さい!」
「大丈夫ですよ、隊長。帝撃・花組を率いることが出来るのは、隊長だけなので
すから」
 心無しか青ざめている大神にマリアがフォローを入れる。
「あ、ああ・・・」
 口元を引きつらせて笑っている大神だが、頭の中では米田の言葉を思い出して
いた。
(数値的には、高い霊力を示している)
(何かが憑いてるんだそうだ)
(あの少年には、『帝撃』の一員となる、素質がある───)
 となれば。
(隊長は・・・、俺でなくとも・・・?)
「隊長?」
 気がつくと、皆が大神の様子を窺っていた。
「なっ、なんだよ! そんなことある訳ないだろっ。心配になるじゃないか!」
 焦って、否定する大神。すみれが皮肉な笑みを浮かべた。
「そうですかしら? 米田支配人に確かめた方がよろしいんじゃありません?」
「な、なんて?」
 少女達は笑いながら声を揃えた。
「「「「「自分はモギリ失格でしょうか?」」」」」
「・・・ひどいぞ。皆」

「よお、気付いたようだな」
 支配人室では、珍しく酒も飲まずに米田が残っていた。
「気付いたようだ、じゃないですよ。うっかり、本題を忘れるところでした」
「ふふん。大神、お前、柿本の荷物は調べたか?」
 大神の顔が一瞬にして、引き締まった。眦がつりあがる。
「まさか、そんなことはしません。・・・何か?」
「刀が一振り、入っているはずだ」
「・・・」
「表向きは、剣術の経験はないことになっているが・・・、折を見て、一度試し
て見てくれんか」
「わかりました」
 思わず敬礼を返し、慌てて手を下ろした。そんな大神の様子を、米田がだらり
とした姿勢のまま見上げていた。
「・・・ところで、長官、いえ、支配人。あのー、自分はこれから、どんな仕事
をしたらいいんでしょう?」
「ふふふふふ、大神。お前にはな」
 米田がにんまりと笑った。
「取り合えず、京都、行ってもらおうか───」

 その夜、大神が夜の見回りに出ようとすると、ドアが控えめにノックされた。
 紅蘭だった。彼女は部屋に通されるなり、頭を下げた。
「大神はん、堪忍や。ウチ、柿本はんに神武を見せてもうた」
「え!?」
「ホンマ堪忍。もう、知ってると思うたんよ」
「そうか・・・。まあ、済んだことは仕方がない。でも紅蘭、帝撃のことは」
「あー、それは話してない。大神はん、あの人、どういうお人やの? ホンマた
だのモギリなん?」
「そ、それは・・・」
「───話されへんような事情の、お人な訳やね?」
「・・・すまない」
「ええんよ。大神はんは帝撃にとって最善の方法を考えてくれてはると信じてる
もん。ウチは従うだけや」
 紅蘭はにっこり笑った。 
「ほな、おやすみなさい」
閉ざされたドアに向かって、大神は一人答える。
「帝撃にとって、最善の方法、か・・・」

 マリアが、書庫に呼び出されたのは数日後のことだった。
 大神は、新人と一緒に見回りの最中だ。米田に指示された訳ではないのだが、
大神は仕事のほとんどすべてを柿本に教えているようだ。
 大神は何かを隠している。マリアは悟っていたが、大神の方から言い出してく
れるのを待っていた。本を読みながら静かに待っていると、扉を開けて、彼等が
顔を覗かせた。
「じゃあ、今日はここで終わるとしよう。俺は、マリアと話があるから」
「はい、おやすみなさい」
 柿本は大神とマリアに一礼すると、以前はあやめの部屋だった所に戻って行っ
た。
「マリア」
 大神は、柿本の足音が遠ざかったのを確かめて、態度を改めた。
「何でしょう?」
 マリアが身構えた。
「今すぐという訳じゃないが───知っておいて欲しいことがある」
 大神の表情には悲壮感すら漂っている。マリアの動悸が早まった。
 次の言葉を待つ。
「───俺は、花組の隊長を辞めようと思う」


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