もぎり・えれじぃ

featuring ichiro ohgami

「どういうことなんですか、米田長官」
 支配人室に戻った米田と大神は、立ち聞きの耳を恐れて、声を低めた。
「あの子が夢組の隊員だなんて」
「北条朱乃。あいつがつまり、<<セカンドサイト>>だ」
「え?」
 虚をつかれた大神は、にやにやと笑う米田に、苦虫を噛みつぶしたような顔を
向ける。
「・・・最初から仕組んでいましたね?」
「へっ、何のことでえ」
「花小路伯爵が京都に行くから護衛だ、なんて、本当は彼女をここに連れてくる
口実に自分を使っただけでしょう」
「やすやすと口実にされるおめえもおめえだと思うがな」
 米田は軽くいなして、杯をぐびりとあおる。
「あいつはな、もともと花小路伯爵の紹介で夢組に身を寄せることになったのよ。
母親が祇園の芸妓で、さるお人に落籍(ひか)されて生まれたのがあいつという
訳だ。舞妓として座敷を努めちゃあいるが、別に置屋に義理がある訳じゃねえ。
祇園に集まるエライさん達を『視る』のが、あいつの任務だからよ」
「・・・それは、帝国華撃団として、ということですか」
「そうだ」
「それは帝撃が、政府や各界の上層部を調査対象にしているということですよね?」
「そうだ」
「いったい、何の目的があって」
「───大神。おめえの役職はなんだ?」
「自分は・・・、自分は対降魔撃滅部隊、花組の隊長であります」
「そうだ、前線の一責任者にすぎん。おめえはまだ、すべてを知る立場にはない」
「・・・」
「・・・焦るな、大神。おめえはこの一年、本当に良くやった。だがな、俺と
あやめくんは、この帝撃をつくりあげるのに五年かけた。今すぐ、あやめくんと
同じ仕事をしようなんて、思いあがっちゃならねえ」
「知って───らしたんですか?」
「おめえほど行動の読みやすい男はざらにいねえと思うがな」
 米田は杯を置いて姿勢を正した。
「なあ大神。俺はおめえをいさめるつもりはねえ。あやめくんにはあやめくんの
理想があったように、おめえはおめえの信ずる道を行け。俺や帝撃にこだわるな」
「・・・」
「おめえを海軍に呼び戻そうという動きがある」
「! 長官、それは・・・!」
「どうする、戻るか?」
 大神はわずかの沈黙の後に言った。
「自分の意思は、反映されますか?」
「されねえな。職業軍人というのがどういうモンだか、おめえさんとて知ってるはずだぜ」
「───命令であれば、従います。でも、自分は・・・」
 大神は苦しげに首を振った。
「自分は・・・、ここでモギリをしているほうが好きです」
「・・・おめえも変わった奴だよなあ」
 米田は顎をしゃくって退出を促した。
「そろそろ朱乃が柿本を『視』おわってるはずだからよ───任せるぜ、大神よ」
 大神は無言で敬礼を返し出て行った。米田は藤枝あやめの部屋から持ってきた机の上の写真に視線を送った。
「俺は大馬鹿者かもしれんな。まだくちばしの黄色いあいつらに賭けてみような
んざ。・・・年をとったのかもしれんな」
 既に失われた5年前の仲間達が、咎めるとも同意するともない表情で米田を見返していた。
「モギリの方が好きだとよ。そんな奇特なヤツぁ、こっちで面倒みとかねえと、海軍さんでも扱いに困っちまうだろうなあ」
 米田は静かに目頭を押さえた。

「人並みに帝都見物がしたいんどすぅ。オーさん、連れてっておくれやすう」と
しなをつくって迫られた大神は、花組一同の冷たい視線を浴びながら、朱乃を連
れ出す羽目になった。
 花組の誰にも彼女の上京の理由は話していない。
「アタシ、浅草花やしきに行きたいですっ」
 帝劇を一歩出ると、また普通の少女の言動に戻る朱乃だった。
「花やしき支部に?」
「いえ、ただの遊園地に」
 休暇で来たんですから、挨拶回りは無しですよう、と朱乃は笑った。仲見世で
安藤広重の「江戸百景」を稚拙に模倣した石版刷りを「京のねーさん方に御土産
に」と買って、昼時になった。けとばし屋(馬肉料理店)に入って向かい合わせ
た二人は、どちらともなく周囲をうかがった。
「で、判ったかい? 柿本君に『憑いている』モノは」
「鬼です」
「・・・おに?」
「そう。あの柿本って子には鬼が憑いている。あの子、青森だって言ってました
よね。北方は多いですね、鬼にまつわる伝説が。岩手県なんて、鬼の手形が岩に
ついたから『岩手』だっていうし。安達ヶ原も確か、みちのくでしたよね?」
「ちょ、ちょっと待ってくれ? 鬼って、あの桃太郎が退治したやつかい? 鬼
は外、福は内のあの鬼かい?」
 混乱する大神に、朱乃はくすりと笑いを洩らした。
「それはお伽話でしょ? 一言でいうなら『怨念』というやつでしょうか。志な
かばで命を落とした者とか、不遇であり続けた、あるいは勝者にまつろわぬ者と
かね。あら、どうされました?」
「いや、ちょっと心あたりがあったもんだからね。それで、柿本君の背後には?」
「・・・若い、そうですね、柿本君本人と歳の頃の変わらない少年が見えました。
ただ、姿格好が武士、それも相当位の高い若殿様ってカンジでしょうか。
 北に『鬼』の伝説が多いというのは、大和朝廷の昔から「蝦夷」と一方的に蔑
まれてきたり、あるいは最近だと御一新の際に旧幕府側の人間が、恨みをのんで
死んでいるからでしょう。伝説というのは人の心が作り出したもの、歪められて
伝えられたものですから。
 大神隊長のおっしゃる件は夢組にも報告が来ていますが、柿本君に憑いている
輩は、結城公ほどの力はないと思いますよ」
「・・・」
 大神は深々とため息をついた。
「『怨念』か・・・。降魔も、人の怨念が作り出したという話だね」
 北条氏綱による降魔実験の失敗によって、東京湾の「大和」は海中深く封印さ
れた。その「大和」の住民の怨念が降魔を作り出したというのが定説である。
 日本支配をもくろむ、氏綱の野望。それに対する恨みの念。幾度かの愚かしい
争いによる、勝者と敗者。人間の妄執が生み出して来た異形の者達。
 その妄執に取りつかれているという、少年。
「どうすれば、救える?」
「救う?」
「そうさ、柿本君は一歩間違えたら、降魔と同じ存在になってしまうんだろう?
その前に」
「───大神隊長。貴方の任務は降魔の迎撃、殲滅ではありませんか? それは
花組の職務から逸脱しています。おそらく、彼の処遇はわれわれ夢組に預けられ
ると思いますが」
 まっすぐに見返す朱乃に、米田の像が重なる。
(お前は前線の一責任者にすぎん───)
「───しかし、彼は現在、大帝国劇場にいるんだ。目の前にいるのに、放って
はおけないよ」
「・・・敵になるかもしれないんですよ」
「そうならない為に何か出来るかもしれないだろう」
 大神と朱乃の視線は真っ向からぶつかった。先にそらしたのは朱乃の方だった。
「大神隊長なら、今に降魔と共存共栄なんて言い出すかもしれませんね」
「おいおい、いくら俺でもそこまでは」
「どうだか」
 大神は肩をすくめた。
 勘定を払いけとばし屋を出た二人は、隅田川の川べりをまだ涼しい風に吹かれ
ながら散策した。
「怖い思いをさせてすまなかったね」
「───え?」
「『鬼』なんて、見たくなかったろう? 無理いって力を使ってもらってすまな
かった」
 大神は頭を下げた。数秒の間をおいて、朱乃は破顔した。
「大神隊長って、変わってますね」
「そ、そうかい? 何が?」
「これはアタシの任務なんですもん。謝ってもらう必要はどこにもないはずです」
「しかし、俺としては・・・」
「藤枝副指令と同じことを言うんですね」
「あやめさんと?」
「副指令、いつも任務の後にこう言うんです。『また嫌な思いをさせて、ごめん
なさいね』って。アタシが、この能力、嫌ってること知ってたから───帝国華
撃団って不思議。軍隊なんて、人を使い捨てにして平気なところかと思ってたの
に、あやめさんや、大神隊長みたいな人が次々出てくるんだもん」
 朱乃はぽつりと言った。
「アタシ達みたいに普通と違う力をもった人間には、そういう人が必要なのかも
知れませんね。自分の脆さを見せられる誰かが」
 朱乃の横顔は、年相応に幼く見えた。普通の人間とは違う、けた外れの霊力。
それは決して幸福ばかりを産み出すものではない。
 例えばさくら。破邪の血筋に縛られ、その力ゆえに父親を失った者。
 アイリス。幼い頃からラプンツェルのごとく幽閉されていた者。
 大神はそれらの苦しみや悲しみが花組だけのものではないことを知った。
「ところで、オーさあん。オーさんの『心に決めてはる人』ってどのお人やの?」
 朱乃はくるりと表情を変えた。
「───いきなり、郭言葉になるなよっ」
「教えてもらえへんのやったら、協力しまへんえ?」
「・・・わかったよ」
 大神は朱乃の耳元にぼそぼそと囁いた。
「───へえ」
「内緒にしてくれよ!」
 真っ赤になった大神に、朱乃は唇を尖らせた。
「なーんや。逃げ口上やなかったんどすな。うち、ほんまにオーさんなら、旦那
にしてもええ、思たのに」
「いいッ!?」
「ま、ええわ。花組のお人と張り合おうとは、思わへんもん。でもオーさん、時々
お座敷かけてえな?」
 そういって稀有の能力をもつ少女は、大神の頬にキスをした。
「これは花組の皆さんには内緒どすえ?」

 その夜。
「朱乃くんが、夢組の隊長につなぎをつけてくれることになった」
 大神は自分の部屋で、マリアと向き合っていた。
「そうですか・・・。今まで、各隊の横のつながりはありませんでしたから、私
もお会いしたことはありません」
「ああ。あやめさんが、一人で管理していたんだよな・・・、今までは」
 戦闘部隊である花組と、他の組の隊員達が連携する事態があっても、その指示
はすべて、藤枝あやめを通してもたらされていた。彼ら自身、サタンとの一戦が
あるまで、かすみ達三人娘が、風組の隊員でミカサの搭乗員であることすら知ら
されていなかった。
「隊長。それで、柿本君の件はどうなさるおつもりですか?」
「俺は、柿本君にすべてを話した方が良いと思う。帝撃のことも含めて」
 マリアは眉をひそめた。
「耐えられるでしょうか、彼に」
「俺は───嘘はつきたくない。彼が真実によって傷つくとしても、立ち直る手助
けなら出来るかもしれない」
 マリアはほうっとため息をついた。
「隊長は、やっぱりどこまでいっても、隊長ですね」
「ん?」
「初めて隊長が私に打ち明けてくれた時に───」

(俺はあやめさんが残した仕事を継ぎたいんだ)
(今の状態では、いずれ帝撃は内部崩壊する。米田長官はここを離れることが出
来ない。俺がどれほど他の隊の信用を得られるかはわからないけれど───)
(あの人の代わりに、帝撃をまとめる人間が必要なんだ───俺は花組よりもま
ず、帝撃全体を考える必要があると思う)
(だが、形の上では、俺は花組を見捨てて行くことになるかもしれない。それに
もし、あやめさんの代わりが出来たとして、帝撃をまとめる立場では、過酷な態
度や要求もしなくてはならないかもしれない。───あやめさんが、そうであっ
たように。せっかく、皆が俺に信頼を寄せてくれているのに、俺はそれを裏切る
ことになるかもしれないんだ)

「私、あやめさんに嫉妬しました」
「マリア・・・」
「隊長があやめさんに魅かれてらしたことは、私を含めて皆が知っていましたか
ら。だからあやめさんの意に沿うような行動をするのだと───」
「・・・俺は単純に帝撃を守れるくらい強くなりたいと思ったんだよ。帝劇の理
想や関わる人たちを───。君たちや朱乃くんや柿本君、俺はどれも切り捨てた
くはない」
「その考えはすでに『あやめさんの代わり』ではなくて、私達が信じた隊長自身
のものです。柿本君のことも・・・、私には何とも言えませんけれど、隊長はそ
うやって、人を受け入れて、許して、生きていかれるのでしょうね」
 あきらめにも似た苦笑を、口元に浮かべる。
「・・・甘い、というんだろう?」
「正直言って。でも、そこが隊長の良いところですから」
「本当に、そう思ってるのかい?」
「ええ。何か含んで聞こえましたか?」
「い、いや・・・、そういう訳じゃないけどさ・・・」
 唇をとがらせる大神にマリアは軽く吹き出した。

「<<道>>を見つけました」
「<<道>>?」
「ええ。北方から、この帝劇まで細く霊気の波動が続いているんです。おそらく
それが、霊そのものは向こうに残ったまま、柿本君に憑いている『鬼』」
 朱乃の報告に、大神は首を傾げた。 
「そんな事が出来るのか・・・?」
「触媒があれば・・・。柿本君の所持品にそぐわない物があったとか?」
 大神があっと声をあげた。
「刀が・・・」
「それですね。どんな謂れがあるのかは知らないけど、それを処分するしかない
かと」
 夕食が終わって、花組はサロンでくつろいでいる。柿本も一緒だ。
 二人は足音を忍ばせて隊長室を出ると、柿本の部屋に入る。朱乃が三枚の護符
を取り出して扉に向かい合うと、上下、そして把手の脇に封印を施した。
「これで邪魔されることはありませんから」
「向こう側に何も気付かれなくて済むとか?」
「まさか。単に扉が、どんなことがあっても開かなくなるだけです。だから早い
とこ片付けないと、扉の向こうでは大騒ぎになるでしょうね」
「・・・え?」
「そういう騒ぎを治めるのが、隊長の手腕でしょ?」
「・・・なんだかなあ」
 朱乃につきあっていると、どんどん立場が悪くなっていくような気がして、大
神はめまいを感じた。
「さ。刀を探して下さいな」
「いいっ!? 俺がやるのか?」
「んー、年ごろの男としてぇ、女の子に見られて困るものがなかったら良いんで
すよお。やりましょっか?」
「・・・いい。俺が探す」
 ベットの下という実にオーソドックスな場所からみつかった剣は、日本刀に類
するものではなかった。弓なりに反って、長い。研ぎも荒く、渦巻き状の紋様が
浮き出ている。
「鬼・・・」
「え?」
「鬼の鍛えた物だわ。これ・・・」
 刀身をためつすがめつしていた朱乃が刃の部分に指を触れると、途端に刀身が
白く光った。驚いてベットの上に取り落とすと、刀に光が膨らんでゆく。
 突然、刀身から何かが飛び出してきた。
 それは腕、だった。人間にしては大きすぎる、まるで、『鬼』のような節くれ
だった指、筋肉の盛り上がった手の甲。尖った爪が朱乃を引っかけようと伸びる。
「朱乃!」
「大丈夫!」
 鋭く叱咤すると、朱乃は飛び退いた。
 腕にはこちらが見えていないのか、闇雲につかみ取ろうと動く。一瞬で判断し
た大神は、その毛むくじゃらの腕に抱きついた。
 朱乃が懐から、先刻と同じ護符を出し、刀身に貼り付ける。苦しげにうごめい
て、「腕」は大神を振り払った。その出現と同じように、唐突に刃の奥に消えて
ゆく。
「ああ、びっくりした。最初からこうしとけば良かったわ」
 発光のおさまった刀に、さらにべたべたと護符を貼って、朱乃が憎々しげにい
う。
「これは一時しのぎにすぎませんから、やっぱり、柿本君の故郷まで行って封じ
ないと、解決には至りませんよ」
「・・・のは、んだ」
「はい?」
「今のは、何なんだ!?」
「鬼です」
 あっさりと、朱乃はいつぞやと同じことをいう。
「あれが柿本君に憑いているものですよ。わからなかったんですか?」
「鬼なんてお伽話だっていったじゃないか!?」
「あらぁん、だって大神隊長、怖じ気づくかと思ったんだものぉ」
「君ねえ・・・」
 大神はがっくりと肩を落した。
「米田長官から回ってきた資料によれば、彼の故郷には、鬼が鍛えた刀を人間が
失敬した話が民話で残っているそうです。この刀がそうだという確証はありませ
んけど」
「・・・」
「結局、きっかけはいつも人間側なのよね。憑かれた柿本君こそいい迷惑だけど」
 大神は鬼の腕の感触を思い起こしながら訊いた。
「やっぱり、柿本君自身にも行ってもらった方がいいんだろうか?」
「鬼と戦うか、ここで震えてるかは、本人が決めることです」
 朱乃はそっけなく言った。
「自分で自分を救おうともしない者を、我々がどうあがいたところで、救うこと
なんて不可能です。夢組は、帝撃は万能ではないんです───人の心奥を左右す
るほどには」
「朱乃くん・・・」
「憑かれた者も地獄なら、それを祓おうとするものも、地獄を見るのに違いはあ
りません。同じ地獄なら、共に戦う方がマシだとは思いますが・・・、あまり聞
き分けてもらったことはありません」
「───君たちはいつも、そういった世界を見ているのかい・・・?」
「そんな顔しないでください。夢組には夢組の戦い方があるんです」
 大神のやるせない声を制して、朱乃がいう。
「他の隊にはその隊なりの、きっと誰にも肩代りできない戦いが。大神隊長、そ
れでもまだ帝撃のまとめ役になりたいと思います?」
「───ああ」
「ほんっと、奇特な方ですね」
 朱乃がやっと笑った時、扉の向こうから怒鳴り声が聞こえてきた。
「大神さん! 朱乃さん!! 何やってんですか、二人して!」
「先刻から、どったんばったん、サロンまで響いてやがるぜ。どうしたってんだ
隊長!」
「あら、やっとお出まし」
 大神は、めまいを思い出した。
「あーあ、なんて話せばわかってもらえるのかな」
「真実を話せばいいんですよ」
 封印を剥がすと、朱乃は扉を開けた。予想通り、フルメンバーが顔を揃えてい
る。しかも、何を誤解したものか全員の目つきが険しい。すみれが顔を背けた。
「まったく、二人きりで部屋に閉じ篭るなんて汚らわしいったら!」
 マリアが代表して尋ねた。
「隊長、二人きりで何をしてたんです?」
 朱乃がにっこりと、舞妓スマイルで答えた。
「ええことどすぅ」

 あくる日、東京市郊外を一台の蒸気自動車が疾走していた。自動車はいまだ高
級品で、対向車はほとんどない。梅雨の一時期、雨が降らずに乾燥していた下ば
えも、真夏になって多くなった雨量に、緑を取り戻していた。せきこむようなエ
ンジン音に、田畑にでている人々が野良仕事の手を休めて見つめている。
 乗っているのは大神と柿本だった。
 もちろん、大神が所有できるような代物ではない。帝劇にも一台しかない、賓
客送迎用の自動車を、無理を言って借りてきたのだ。
 初めて自動車に乗るという柿本は、助手席でかしこまっていた。
 舗装された道が途切れたところで、二人は車を降りた。農道のような細道に入
ると、黙ってつきしたがっていた柿本が不安気に口を開いた。
「大神先輩。いいんですか? お墓参りだというのに、花も線香も持たないで」
「ああ、いいんだ。ちょっと、君と話したいことがあるだけだから」
 大神は、墓地の一角を差し示した。なんの手入れもされていない墓に掘られた
名前に、柿本がぎょっとなる。
「これは、いったい、どういう冗談なんですか・・・?」
 大神は肩をすくめることで答えた。墓石には、三月の日付とともに、誰あろう
大神一郎の名が刻まれていたのだ。
「───見ての通り、俺の墓さ」
 大神は少し墓石の位置をずらし、地下の窪みに手を差し入れた。中から取り出
したのは、二十二口径の拳銃だった。
「俺は三月のこの日、この銃で、ある女性を撃った」
 大神は自分自身の墓を見下ろしていった。  
「その人は俺を帝撃に入れてくれ、生きる道を示してくれた恩人だった。そして
俺の───憧れの人だった」
 大神はすべてを語った。帝国華撃団の正体、昨年春からの一連の騒動の真相、
その結末を───。
 柿本は脱力してその場に座り込んだ。
「その途中に、彼女は俺たちを裏切った。いや、彼女の本意ではなかったのだろ
うが・・・、最高機密を手に敵に回ることになってしまった。何よりも平和を愛
し、帝撃を命を賭けていた人がね」
「・・・」
「俺は、彼女に罪を負わせるのは忍び難かった。なにより、俺がそんな彼女を見
たくなかった。だから、俺は───彼女を撃った」

 彼女の背から広がる黒い翼、嘲りの言葉、失意の花組、再会、彼女の掌から放
たれる衝撃波、聖魔城の復活、出撃、空中戦艦ミカサ、三騎士との遭遇、仲間た
ちの死、殺女との一騎討ち、サタンの復活、ミカエルの降臨、最後の戦い、勝利、
「コラ、なんて顔してるの? 男の子でしょ?」、昇天───。

「そして俺達は、永遠に彼女を、失った」
 大神は天を仰いだ。
「彼女がいなくなって、いかに自分が非力だったかわかった。どれだけ彼女を頼っ
ていたのかも。俺はずっと彼女に支えられてきた。帝撃のみんなに支えられてき
た。俺自身は何もしていない。現実に荒れ果てた帝都や、崩れた大帝国劇場を前
に何の力もない。自分に何が出来るか。俺はずっと、そのことを考えていた。
 思いついたのは、ごく単純なことだった。彼女の遺志を継ぐこと───それ
が、彼女を殺した俺の、償いでもあるんだ」
「殺したんじゃありませんっ!」
 突然、柿本が叫んだ。
「大神先輩は、その人を救ったんでしょう!?」
「それは、結果論なんだ」
 大神はささやくように答えた。
「俺の最も大きな罪は、彼女を殺さざるを得ない状況しかつくれなかったことに
あると思う。俺はあの瞬間、彼女を生かして救う道を捨てた。それにいたる以前
も、彼女をとめられるチャンスはあったはずなのに、気づく事も出来なかった」
 大神は柿本の隣に腰を下ろして、自身の墓に手をかけた。
「これは、情けない俺を葬り去る誓いなんだ。俺には今、守りたい人達も、守る
べき人もいる───もう同じ轍は踏みたくない」
「大神先輩、・・・なんで僕にそんな話をするんですか?」
 柿本は怯えていた。今までの話が序章にすぎないことを悟っている。
「俺は、大帝国劇場の仲間として、君に共に戦ってほしいんだ」
 自分のしていることが正しいことなのか、大神にはまだ迷いがあった。この後
輩を否応無く争いに巻き込む。だが、今は前に進むしかなかった。
「───俺の言う事を落ち着いて聞いてほしい」

 朱乃が帝劇を去る日が来た。
 といっても、京都へ帰るのではなく、夢組本隊と合流して「北」へ向かうのだ
という。
「オーさんと一緒でけへんなんて、さみしおすぅ」
 これから長旅だというのに、しっかり舞妓姿である。
「はは・・・、俺はちょっと安心してるよ」
「もうっ、オーさんのいけずっ」
 大神の腕をつねるふりをして、朱乃はそっと耳を寄せた。
「最後にすぺしゃるさーびすどす。花やしき支部、訪ねたらよろしおす。あそこ
が風組の本拠地ですねん」
「・・・そうか」
「隊長さんはすぐ判りますよってに。モギリやってますねんて」
「・・・」
「期待してますからね───副指令」
 更に声を低めて囁かれた一言を大神が飲み込んだ時には、朱乃は元気よく手を
振りながら蒸気タクシーに乗り込んだところだった。
 帝劇の一同に見送られて豆台風が去って行った後、大神の横にマリアがやって
きて尋ねた。
「隊長。何の話をされてたんです?」
「いや、どこの隊長も受難だという話をね」
「?」
「あとでゆっくり話すよ」
 三々五々、大帝国劇場に戻ってゆく中に、柿本の姿を見つけて大神は頬を引き
締めた。ここからが本番だ。
 大神は空を見上げた。今は儚い人の笑顔がそこにあるような気がして、立ち止
まる。あの人への誓いにかけて、逃げることは出来ない。
「先輩」
 いつのまにか、マリアに代わって柿本が彼の隣に立っていた。
「僕、やってみようと思います。怖いけど・・・、でも、立ち向かってみようと
思います」
「柿本君・・・」
「だって、僕も『あの』帝撃の一員なんですよね? 大帝国劇場の仲間だって言っ
てくれましたよね? だから、戦ってみようと思います」
「うん。頑張ろう」
 大神は手を差し出した。柿本が真っ赤な顔で、その手を握り返す。
 花組の面々がそれを不思議そうに見つめていた。

 大神一郎に、帝国華撃団副指令として、花やしき支部出向の辞令が下りたのは、
その年の晩秋。霊力を開花させた柿本譲が、花組予備隊員として加わった十日後
の事である。